ソードエスカトス 〜sord escatos〜
著者:shauna
厩から一頭の黒馬を引き出し、アリエスはひたすらに市街地を駆け抜けた。
誰もいない市街地はまさにゴーストタウンそのものだった。いくら避難令を敷いているからといってまさかここまで逃げるとは・・・
一体デュラハンはどんな避難勧告を出したのだろう?
まさか、敵が攻めてくると正直に言ったのだろうか・・
いや、彼が不必要に民を煽ることなど無い。おそらく、竜巻か何かが迫ってくるとでも勧告したのだろう。
そんなことを考えながらアリエスは体力の続く限り、馬を飛ばした。目指すはシルフィリア・・。狙うは・・・・その首・・・。
元は遠い日の約束だった。
始めて会って一目惚れして、やっと知り合えて話が出来て・・・
それからいくつもトラブルがあったけれど、シェリー様の取り計らいでなんとか仲良くなれて・・・。
そしてその時、俺は彼女に宣言した。
―教える― と・・・
―幸せを教える― と・・・
あれからとてつもなく長い月日が流れたけれど・・・
シルフィリアへの想いは未だに変わらない。大好きで一生傍に居たい。2人で笑いながら歩んでいきたい。
そして、シルフィリアにそれを話した時、彼女は嬉し涙すら浮かべながら頷いてくれた。でも、それにはある条件が付いてきた。
「もし、私が再び罪もない人を殺すような過ちをしそうになればその時は・・・私を殺してください。」
それはとてつもなく悲しい約束だった。でも、アリエスは受け入れた。受け入れなければ、シルフィリアはおそらく傍に置いてくれなかっただろうし、なにより、もう二度とそんな過ちは起こさないと信じていた。でも・・・まさかこんな形で起こるとは・・・
手綱を握り締め、大きく馬の脇腹を蹴って馬を最高速まで加速させる。
敵の攻撃により焼けた都市の煙はもうすぐそこに見えていた。
ルーク・アリシエはしがない農民の出の少年で今年ロレーヌ侯爵の私兵団に志願したばかりだった。年はまだ14になったばかりで、軍に入ったのは本当に思春期特有の自立したいというマセた考えで、父や母の反対を押し切り、無理矢理ロレーヌ候の私兵団募集の張り紙を見て応募し、見事採用された。採用後も、昔から喧嘩は強かったし、僅かながら剣術の心得もあったので嫌なことと言えば訓練が少し辛いぐらいのものでそれ以外は何不自由なく生活してこられたのだが・・・。
なんだこれは・・・・
侯爵の息子のエリック氏がどこからか連れてきた少女。年は自分と僅か4つぐらいしか変わらない美少女で一目見るなり惚れてしまったのだが・・・その少女・・・強いなんてものじゃなかった。
グランドスラムと呼ばれるクレイモアの2倍以上ある斬馬刀を片手で軽々振り回し、迫りくるすべてのモノを破壊していった。
今まで何人斬ったのかを自分はよく覚えている。
でも、彼女はおそらく考えてすらいないだろう。
ただただ目の前に立ちはだかるモノを切り捨てるだけ。それこそ、一振りで数人を一度に・・。流れ作業・・単純作業のようにそれを繰り返していく。
段々と怖くなり、町の反対側の残存兵力を叩こうとした時だ。
そちらにもまた化け物が居た。
剣はどこにでもあるシンプルなロングソードだが、その装いは軍人というより、小説に出てくる将軍か勇者だった。そして・・・
その男は迫りくる軍勢を一撃の元に切り裂いていった。血を浴び、服が汚れてもそれに構おうともせずに・・・
男が段々とこちらに向かってくる。
怖かった。まさに万事休す。ここで死ぬしかないと思った。
眉間に剣を突き付けられ、目に涙を受かべる自分にその男はこう言い放つ。
「貴殿がもし一兵卒であるというのなら身を引け。時間の無駄だ。」
ルークは一目散に逃げ出した。
もう二度と戦場に戻りたくないと初めて思った。
そして、彼が今後戦争にかかわるようなことは二度と無かった。
「さて・・・」
一人の少年兵が逃げていった所でアリエスは大通りの方を向き直った。丁度自分から200m程離れた所に彼女は立っていた。
「シルフィリア・・・」
アリエスが呟くと彼女はゆっくりとこちらへ歩いてきた。
「アリエス・・・・。」
火の手が上がる街で見つめ合い。そしてお互いが武器を構える。
「やあやあ、これは・・。フィンハオラン卿ではないか?」
背後からの声にアリエスが反応する。そして・・
「エリック・・。」
静かにその名を呼んだ。
「こんな所で聖蒼貴族最強の剣士、それゆえに『剣聖(ソード・エスカトス)』とまで呼ばれるあなたに会えるとは・・・光栄の極みだよ。」
首元に目線を落とせばそこには琥珀の連なるネックレスを下げている。
「俺も操るか?」
「いやいや・・その必要はないよ。こちらには彼女がいるからね・・君の力も惜しいが、彼女には及ぶまい・・。」
「なるほど・・・」
「私のことを覚えておいでかな?」
「今回の事には父親も関係しているのか?」
「いやいや・・父は知らないよ。これは私の独断さ。」
エリックの言葉が嘘かホントかなどどうでもいいことだった。それよりも早くこいつを殺してやりたい。
その衝動に頭がいっぱいになって行く。
「しかし・・・父のことを覚えておいでか?」
「シルフィリアがスペリオルを作らない事に謂れのない罵詈雑言を浴びせ、挙句の果てに『このことを謝罪してもらおう。代償は体で払ってもらおうか?』などとストレートに言ったのは彼が初めてだった。」
「ああ・・あれ以来、母上と父上の仲が悪くてね〜。困ってるよ。でも・・・」
エリックがシルフィリアの元に歩み寄る。そして・・・
「私はその父上が欲しがって止まないが手に入れる事のできなかったモノを手に入れることに成功した。」
シルフィリアを抱き締める。
「な!」
あまりの衝撃に取り乱しそうになった。なんと、シルフィリアがそれを受け入れているのだ。そして・・・
「私は彼女を手に入れたのだ。父上が愛してやまないシルフィリアを。」
眼の前で甘い口付けが交わされる。
「そんな・・・」
信頼が一瞬で吹っ飛んだ気分だった。絶望した。
シルフィリアが・・・あのシルフィリアが・・・ブリーシンガメン。シルフィリアから悪魔の道具と聞いていたが、まさかここまでとは・・・。
「最高だよ。触れたところから溶けてしまいそうな感触と、うっすら甘いような感覚・・・」
唇を離して、彼女を抱きしめつつエリックがニヤけながら語る。
「ああ・・暖かくて柔らかい・・。それにこの匂い・・極上だ。フィンハオラン卿。君はいつもこれほどのモノを貰っているのかい?すごくズルいな・・。」
手から剣が滑り落ちそうだった。大好きな女の子が・・昨日まで一年も一緒に暮らしていた恋人が・・・・
今、目の前の気に入らない男に抱かれているのだ。
「流石、史上最高の兵器だ。スパイ活動がしやすいように、こういう男へのサービスも前提条件として考えられて造られたんだろうね・・。強く、美しく、可愛く、抱き心地も良いなんて・・・なんてすばらしい生き物なんだろう・・。最高だよシルフィリア・・・・・
君が毎日アリエスの夜伽なんかに使われていたと思うと悔しくてたまらないよ。辛かったろ?大丈夫だよ。今夜からは私の相手だけをしていればいいんだ・・。たっぷりと優しく可愛がってあげるからね・・。」
こんなことを平気で言える男に・・。しかも一番気に入らないのはそんな男に対し、シルフィリアが自分からその男に対し静かに
「ありがとうございます。・・最高のご奉仕を致します。」なんて言っている所だ・・。
眼の前で何度も濃厚な口付けが披露される。
盗られた・・・シルフィリアを・・・
盗られた・・・シルフィリアを・・・
盗られた・・・シルフィリアを・・・
絶望感が醜い嫉妬に変わるにはそれほど時間がかからなかった。
「貴様――――!!!」
アリエスが叫び声を上げてエリックに斬り込む。
それを剣で止めたのは他でもないシルフィリアだった。身の丈の2倍はあろうかというグランドスラムを軽々と振り、アリエスの剣を止め、鍔迫り合いに持ち込む。シルフィリアの剣は普段からは考えられない程に重かった。
「どけ、シルフィー!!あいつ!!絶対に許さない!!」
「だめよ。私が大好きなモノを傷つけちゃ・・。」
一言一言がアリエスの心に突き刺さる。
しかも、シルフィリアの剣は大剣グランドスラム。リーチが長い分、剣先がアリエスの体を少しずつ傷つけていく。
剣が火花を散らして離れ、お互いが二撃目を打ち込んだ。
再びの鍔迫り合い。
「君を斬りたくない!」
「なら、あなたが身を引きなさい。あなたはもう昔の男。今、私が好きなのは彼だけなの・・。」
グサッ・・
三撃目。
「頼む!目を覚ましてくれ!!」
「付きまとわないでくれない?何?ストーカー?」
グサッ!・・
4撃目
「シルフィリア・・お願いだから・・・」
「しつこい。」
グサッ!!・・・
5撃目。
「頼むよ・・。お願いだよ・・。君を殺したくない。君を斬るなんてできない。」
「じゃあ、私に斬られれば?出来るだけ楽に殺してあげるわ。」
グサッ!!!・・・
6撃目。
アリエスの目に涙が浮かぶ。
「本当に忘れたの?昨日まで俺達・・・あんなに仲良かったのに・・信頼してたのに・・・それなのに・・。」
「覚えてるわ。」
―えっ!?―
7撃目。
「覚えてるって・・なら何で!?」
シルフィリアの顔が綻ぶ。そして、
「大っ嫌い!」
その一言が決定打となった。アリエスは習慣的に心臓が停止したような苦痛を味わい、鍔迫り合いに負け、地面に尻から倒れこんだ。
腰が痛い。でもそれよりも心臓が痛い。頭が真っ白になって涙がとめどなく出てくる。
「シルフィリア・・・そんな・・・・俺に・・・何か・・落ち度でも・・・・」
シルフィリアがアリエスを好きなように、アリエスもシルフィリアのことが大好きでたまらなかった。だから、彼女の為に出来る限りのことをやって来たのだ。
できるだけ完璧に・・できるだけ落ち度が無いように・・・
それを真っ向から否定された衝撃はアリエスの精神を奈落へと突き落とすには十分すぎる言葉だった。
そこにさらにシルフィリアが追い打ちをかける。
「何言ってるの?あなたは唯、身の回りの世話をさせるのに便利だから置いてるってことに気が付かなかった?別に誰でもよかったの。単に料理とか掃除とか上手だったから一緒に居ただけ。」
グランドスラムを大きく一振りしてシルフィリアは「仕切り直し」と小さく呟いた。涙を拭うこともせず、アリエスが立ち上がる。
「よくわかった・・。」
アリエスが俯いたまま静かに呟いた。
「シルフィリア・・・戻らないというなら・・この場で俺が殺す!!」
もうストーカーとしか思えないセリフだが自我が崩壊しかけているアリエスにとってただ流れゆく言葉の詩篇などどうでもいいことだった。
アリエスが剣を大上段に構える。
そして・・・アリエスの剣に徐々に魔力が溜まって行った。
アリエスのスートは風。それをエアブレードではないこの刀。シルフィリア特製の“ナリシル”に上乗せすればその攻撃力はさらに上がる。
シルフィリアもそれを見て、グランドスラムを大上段に構えた。
「一閃必誅!」
剣を纏う風はさらに加速し、アリエスの剣を見事にコーティングした。
そして・・。
2人の息が合った瞬間に2人は同時に斬り込んだ。
「白皇一閃(はくおういっせん)!!」
アリエスは呪文を唱え、最高にまで魔力を高めた剣でシルフィリアに切り込む。
「黒魔一閃(こくまいっせん)!!」
シルフィリアも同種の呪文で対抗・・・えっ!?
剣は互いの肩と腹部を大きく袈裟に斬りつける。
そうか・・
薄れゆく意識の中で・・・・
アリエスは悟った。
そういうことか・・・。
アリエスとシルフィリアはその場に倒れこんだ。明かにこのままにしておいたら一時間と掛からずに絶命するという量の血液を流しながら・・・。
「流石だよアリエス。まさか『幻影の白孔雀』と相討つなんて・・・剣聖の名は伊達ではないようだね。こちらとしてもシルフィリアを失ったのは痛手だ〜・・。今夜の相手にも使おうと思っていたのにな〜・・。」
でも・・・
「まあいい・・。」
エリックはすぐにいつもの調子を取り戻した。
「王都はすぐそこだ。幻影の白孔雀など居なくとも、今のこちらの戦力なら攻め落とせよう。シルフィリアなどエルフの国を落とした後にまたいくらでも作ればよい。」
戦いの音を聞きつけ兵士達が集まってきた。
「エルフの禁呪と言えど、それを再現する方法ならいくらでもあるだろう。」
「この2人の死体はどうしますか?」
野次馬兵士の一人がエリックにそう尋ねてきた。
「お前は、わざわざ自分から罪人になるつもりか?」
「いえ・・。そんなつもりは・・。」
「ならほっておけ。グロリアーナ家相手ではシルフィリア無しでは勝てる気はしない。」
「はい!」
「一人でここまで進軍する実力・・。敵についたら絶対負けていただろうな・・・。」
エリックは一度シルフィリアの死体に向かって敬礼すると、その場をさっさと後にした。
決して動くこと無い2つの体は静かにその場に横たわり続ける。
静かに・・ただただ虚しく・・・
寒い・・・・
血が抜けていくせいで全身から体温が奪われるアリエスをそんな衝動が襲った。
眠くなる・・・・
これで終わり・・・・
中々・・・いい人生だったかもしれない。
クサイ台詞かもしれないが・・「シルフィリアに会えたのだから・・・」
ただ、ひとつだけ死ぬ前にできることがあるとすれば・・・・
謝りたい・・・
シルフィリアに・・・
疑ってゴメンと・・・・真意に気が付けなくてゴメンと・・・・・
瞼があまりにも重たくなり、アリエスは目を閉じた。
眩く・・そして優しく体を包む光を最後に見た気がした・・。
温かい・・・そして最高に気持ちがいい・・・。
アリエスは静かに目を閉じた。
人は生まれ変われるのだろうか・・もしそうなら・・・・
もう一度シルフィリアと共に・・・・・
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